We Love Badminton 第5回 陣内貴美子さん(元日本代表)

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元日本代表選手やバドミントン経験を持つ著名人に、バドミントンとの関わりや自身が感じる競技の魅力を語ってもらうこのコーナー。第5回は、現役時代に長い間日本代表とし活躍し、女子バドミントンをけん引しただけでなく、現在もキャスターとしてバドミントンやスポーツの魅力を伝える陣内貴美子さんです。

 


陣内貴美子

じんない・きみこ◎1964年3月12日生まれ、熊本県出身。小学校時代からバドミントンを始める。中2・3時に全中(当時は団体のみ)で優勝、インターハイでは3年時に3冠を達成。その後、ヨネックス、サントリーでも活躍し、92年バルセロナ五輪には森久子とのペアで出場。現役引退後もリポーターやキャスター、また講演会や講習会などで幅広い活躍を続けている。

 

ラケット1本で食べていく

――バドミントンを始めたきっかけを教えてください。

陣内 私は熊本県八代市の出身ですが、ほとんどの小学校にバドミントン部があるくらい、バドミントンがすごく盛んな地域だったんです。それで姉がやるといったので、「じゃあ姉妹で一緒に」ということで始めたのがきっかけです。

――最初はどのように取り組んでいたのでしょうか。

陣内 バドミントンって「羽根つき」みたいな印象があって、私はもっと激しいスポーツをやりたかったんです。父親が野球が大好きで、私もソフトボールをやりたくて…。

でも実際にバドミントンをやってみると、すごくハードですよね。最初はそれほど好きではありませんでしたが、最初に出た大会で2回戦で負けたんです。私はいま身長が168センチありますが、小学校のときは学年で一番小さかったんです。その負けた相手がすごく大きくて、それが悔しくて、悔しくて(苦笑)。そこから練習するようになりました。最初はあまり好きじゃなかったのが、負けたことが悔しくて、そのうち一生懸命やるようになりました。

――一生懸命やることで、勝てるにようになっていった。

陣内 そうですね。優勝するとやっぱり楽しいし、もっと頑張ろうと思う。頑張ると、結果としてまた優勝がついてくる。そうすると負けたくないから、さらに頑張ろうとなる。すごくいいサイクルでしたね。

でも小学校のときくらいでしょうか、「楽しい」と思っていたのは。中学からは学校が強化している部に入ったので、楽しいというよりも負けられないというほうが強かったかもしれません。

――中学時代は全国大会で優勝されていますが、厳しさのほうが思い出に残っていますか?

陣内 とくに中学のときは毎日、平日は14キロ、土日は30キロという感じで、陸上部かと思うくらい、とにかく走っていました。全中で優勝したときは、子どもながらに「ラケット1本で食べていく」みたいな気持ちになりました。高校でも日本一になりたくて、親元を離れて熊本中央女子高(現・熊本中央高)に入りました。

――当時はバドミントンで活躍して生活するというイメージもあまりできなかったと思いますが、「ラケット1本で食べていく」と。

陣内 もちろん、その頃はオリンピックの種目でもありませんでしたし、自分の世界も狭くて「全国大会で優勝する」くらいしか思っていませんでした。全日本に入るとか、日本代表になるというイメージもまったくありませんでした。それでも、バドミントンで食べていきたいと思ったんですね。

そういえば、小学校を卒業するときに担任の先生から「世界一をめざせ」とメッセージをもらったりもしていました。そのときは、遠い夢みたいな感じでしたけど。

陣内貴美子
高校3年時のインターハイでは3冠を達成。バドミントン・マガジンでも大きく報じられた(1981年9月号)

 

日の丸はすごく重いもの

――その後、16歳でナショナルチームに選ばれてから12年間、日本代表として第一線で活躍されました。その間、とくにどういったことを意識されていたんですか?

陣内 私が恵まれていたのは、16歳で全日本に入ったとき、当時の日本代表は“チャンピオン国”で(77~78年のユーバー杯で優勝)、世界一経験者がいっぱいいたんです。コートに一緒に入って直接何かを教えてもらうということはなかったんですが、“教科書”になる方がたくさんいて、その方たちを見ていれば自然と目から入ってくるような、すごくいい環境でした。

 

――どの選手からどんなことを学びましたか?

陣内 たとえば、田児賢一君のお母さんである(旧姓)米倉(よし子)さんはとにかく寡黙な人で、黙々と練習する人でした。「基本」を一番大事にしていて、一緒に打ち合ったときに練習中のミスでも許してくれないんです。ちょっとミスすると、すぐに注意されて…。でも、すごく緊張するなかで基本をやると、試合のときにものすごく楽なんです。

あと、ミスをするとラケットのせいにするかのようにラケットを見る選手がいるじゃないですか。でも、米倉さんは絶対にラケットを見たりしませんでしたね。ほかにも床が滑ったり、いろいろな外的要因があったとしても、一切そのせいにしない。ほかにも、勝っているときも負けているときも表情を変えず、つねに同じ表情でプレーされていましたね。こんな選手になりたいなと思っていました。

米倉さんや当時の日本代表の先輩たちからは、本当にたくさんのことを学びましたね。

日本代表としても活躍。80-81年のユーバー杯では世界一も味わった(写真は90年のユーバー杯)
日本代表としても活躍。80-81年のユーバー杯では世界一も味わった(写真は90年のユーバー杯)

 

――練習のほうが緊張するのというのは、なかなかないと思います。

陣内 練習でできないものは、試合では絶対に出ないんです。練習を適当にやる選手は、試合では絶対に勝てない。だから、練習のときからとにかく一生懸命やる。基本を一生懸命やる。基本ができれば、応用はできるんです。これはなんでもそうだと思いますが、たとえば計算問題でも応用ばかりやっていても、基本ができていないと実際はなかなか解けないでしょう? だからスランプになったときも私は必ず基本に立ち返っていましたね。

――周りの先輩方から得るものが多かったというお話でしたが、自分自身でとくに意識していたことはありますか?

陣内 とにかく先輩たちが築いた歴史を崩さないように、とは考えていました。「陣内の代になって日本が弱くなった」といわれないようにすることだけ考えていました。だからすごく厳しかったですね。日の丸はすごく重いものだから。

――ずっと重いものを背負い続けながらプレーしていた。

陣内 そうですね。16歳から12年間というのは、体が云々よりも精神的な面のほうがしんどかったですね。

――常に第一線を走り続けてきたなかで、陣内さんが感じるバドミントンの魅力とはどういったことでしょうか?

陣内 私は自分を表現する一つの手段だと思っています。バドミントンは自分が弱気だったり、自信がなかったりすると、守りに入ってしまったり、すべてそれがプレーに出るんです。でも、自分がちゃんと練習をやってきて、自信を持ってコートに入ったら、強い気持ちで攻めのプレーができる。バドミントンはその選手の心が表れるスポーツ。そこが魅力だと思っています。

陣内貴美子
全日本総合では88~90年大会で森久子とのダブルスでV3を達成(写真は89年2月号のバドミントン・マガジン)

 

歴史をどんどん塗り替えてほしい

――いまはキャスターとしても活躍されていますが、ここ最近、日本の選手が強くなってきているのをどのように見ていらっしゃいますか?

陣内 たとえば中国や韓国といった強豪国と当たったとき、私たちは最初から「かなわない」と心のどこかで思いながら試合に入っていました。「どれだけいい試合をしても、最終的には負けるだろうな」とか「勝てないんじゃないかな」というのがあった。それが多分、最後の最後でプレーに出ていたと思うんです。

でもいまの選手はそういうのが全くなくて、自信を持ってコートに入っているんだと思います。私たちのときのような精神的な弱さは感じられませんね。

――その強さは、どうやって身につけていったと思われますか?

陣内 いまの選手はジュニアのときに中国の選手にも負けていない。だから、中国に対して強いというイメージはそれほど持っていないと思います。

日本代表ヘッドコーチの朴(柱奉)さんが、「日本の選手は世界に通用する技術を持っていた。だけど、まず最初に取り掛かったのは、強豪国に対して自分たちは勝てないという“思い込み”みたいなものを取り払うことだった」とおっしゃっていました。それがスタートだったようです。

昨年のトマス杯でも優勝していますし、この前のスディルマン杯でも中国には負けましたけど、これまで一度も勝っていない韓国に勝ちましたね。そういった精神的なたくましさが少しずつ根付いてきていると思います。

――頼もしく見ていますか?

陣内 頼もしいですよ。私たちはオリンピックに出るのが夢でしたが、いまの選手はオリンピックでメダルを取ることが夢になっていますから。やっぱり頼もしいですし、歴史をどんどん塗り替えていってほしいと思います。

――最後に、バドミントンが今後さらに盛り上がっていくには、どういったことが必要だと思いますか?

陣内 現場では選手が一生懸命練習していて、結果を出そうと遠征にも行っています。だけど、これまでのバドミントンには“マイナースポーツ”というイメージがあってか、海外で優勝してもなかなか取り上げられませんでした。私が現役のときは、海外に行って活躍することが自分の仕事でしたが、いまは活躍する選手が少しでもメディアで取り上げられるように働きかけることが私の仕事だと思っています。

――選手たちの活躍を伝える立場として。

陣内 そうです。選手たちは本当に頑張っています。ただ、昨年トマス杯で優勝したときも、トマス杯はサッカーでいうとワールドカップと同じくらいの位置づけなのに、多くの人にとっては「トマス杯って?」という感じでした。それを少しでも皆さんにわかっていただけるように活動するのが、私がやらなければいけないことかなと思っています。

 

取材・構成/バドミントン・マガジン編集部

 


投稿日:2015/10/12
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