中国・韓国勢が猛威をふるう ヨネックスOPジャパン〜playback ’80S②

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来週の9月8日(火)から13日(日)までヨネックスOPジャパン2015が開催される。ここでは、ヨネックスOPジャパンをさらに楽しむために、80年代、90年代、00年代の3つに分けて、当時活躍した強豪選手や大会の様子を振り返る。

第2回はヨネックスOPジャパンが開催された80年代の、第4回大会にクローズアップしよう。

 

【第4回大会】1985年・東京都、群馬県

第4回大会では、各種目1回戦から準々決勝までを群馬県桐生市で行ない、準決勝・決勝は東京・代々木第二体育館で開催された。初めて開催地を二分して行なわれたが、桐生市での前半3日間には6000人以上のファンが会場に詰め掛け、東京での最終日(決勝)は3500人の満員御礼、大入り袋まで配られるほどの盛況だった。

 

この大会では時代の変化を感じる結果が多く見られた。第1回以降、各種目で欧州選手の優勝が目立っていたが、第4回大会は中国、韓国選手が奮闘。男子シングルスは中国19歳の趙剣華と28歳の韓健が決勝を争い、新進気鋭の趙剣華が初V。趙剣華は準決勝でも優勝候補のモルテン・フロスト(デンマーク・現マレーシア代表コーチ)を下しており、大会後は一気にブレイクして世界トップの仲間入りを果たしている。

男子シングルス
186cmの趙剣華(写真右)は強靭なバネを武器に、鋭いジャンピングスマッシュで頂点に立った(1985年3月号より)

 

女子シングルスは呉健秋(現在は日本に帰化。高校選抜2位・荒木萌恵の母)が頂点に立った。呉健秋は本業の女子ダブルスで準優勝。シングルスは国内3位のためエントリーし、準決勝では同郷の銭萍に快勝。決勝は世界選手権覇者の李玲蔚を破ったデンマークのラーセンだったが、ファイナルゲームの末に呉健秋が勝利して初優勝を飾っている。なお、準決勝には3人、8強に5人の中国選手が入っており、この頃から中国の強さが確かなものとなっていく。

 

女子ダブルスで全英選手権優勝の経験もあった呉健秋がシングルスでV(1985年バドマガ3月号より)
女子ダブルスで全英選手権優勝の実績があった呉健秋(写真右)がシングルスでV(1985年バドマガ3月号より)

 

日本にゆかりのある選手も好成績を残している。それが現在の日本代表ヘッドコーチを務める朴柱奉だ。当時二十歳の大学生だった朴柱奉は、金文秀とのペアで大会前に行なわれたデンマーク、スウェーデンの大会を制し、ニューカーマーとして注目を集めていた。日本でもその勢いのまま一気に頂点にたち、さらなる飛躍の手応えをつかんでいる。

男子ダブルス
男子ダブルスは大学生ペアの朴柱奉(写真左)/金文秀が優勝しバドマガの表紙に(1985年3月号)

 

男子ダブルスの活躍に刺激を受けてか、女子ダブルスも韓国選手が制して、韓国が2冠を達成。このころから男女ダブルスで結果が出るようになり、これまで欧州選手が占めていたダブルスの勢力図が変わり始めた。ただし、混合ダブルスはB・キリランド/G・ゴワーズのスコットランド&イングランドペアが優勝、上位にもほかの欧州選手が進出している。

 

日本勢は米倉よし子/徳田敦子が4連続となる4強を決めたが、それ以外はパッとしない成績に終わっていた。ユーバー杯での世界一を知る2人も、この頃はすでにベテランの域に達しており、日本は男女ともに単複で新星が出ない状況が続いていた。


投稿日:2015/09/01
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