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【特別レポート】ブリリアンツが2027年の 社会人女子チーム創部へ始動!

北の大地から新風を。

ブリリアンツが2027年の社会人女子チーム創部へ始動! 

バドミントン・マガジン10月号、11月号で、『めぐみ企画 ブリリアンツ』が実業団バドミントンチームの創部メンバーを募集する広告記事を掲載した。新たなチームの参入に胸を高鳴らせたバドミントンファンもいるはずだが、『めぐみ企画 ブリリアンツ』とは、どのような運営形態で、どのようなチームをめざすのか。代表を務める角谷淳一さん、チームスポンサーとなる会社を経営する妻のめぐみさんに、詳しく話を聞いた。

ジュニアクラブ『ブリリアンツ』の練習風景

北海道札幌市でジュニアクラブとして活動している『ブリリアンツ』が、2027年春の社会人女子チーム立ち上げをめざし、準備を進めている。最終的にはS/Jリーグや全日本実業団への出場をめざすという。

ブリリアンツの代表を務めるのは、NTT北海道で実業団選手として活躍し、引退後には北翔大学バドミントン部監督を務めた角谷淳一さん。ブリリアンツの前身となる札幌ジュニアバドミントンクラブ(札幌JBC)では、松本麻佑(ほねごり相模原)や髙畑祐紀子(2021年引退)、吉田翼(日本体育大)など、のちの日本代表を指導。北海道の選手育成に尽力してきた。指導したジュニア選手が高校、大学、社会人、そして指導者へと地元で循環していけるような環境をつくることが、最も大きなねらいだ。

北の大地で育まれた情熱

角谷さんは、中学入学と同時にバドミントンを始め、1カ月後の大会で地区大会優勝者に1点も取れずに敗退した悔しさから、競技に打ち込むようになったという。新設校だったことから全員が初心者という環境だったが、2年では全道大会に出場。3年時には、団体戦と個人戦で全国大会出場を果たした。当時の経験から、「強くなりたいと思ったら、いつからでも遅すぎるということはない」「キャリアが短いことを言い訳にするな」を、現在に至るまでモットーにしている。

札幌第一高では全国選抜で団体3位、単複3位。法政大時代は全日本学生で複準優勝を果たし、全日本総合では8強入りした。卒業後は地元に戻り、NTT北海道に入社。28歳で現役を引退した。

「それまでバドミントンに青春をささげてきたこともあり、しばらくはスノーボードなどのレジャーを楽しむ日々でしたが、後輩からサークルの指導を頼まれたことがきっかけで、再びコートに戻りました。その後、北海道女子短期大(現在の北翔大)が男女共学になり、浅井学園大になるタイミングで、当時監督を務めていた北村優明さんから、現監督の村井秀樹とともに指導を頼まれ、本格的に指導の道に進むことになりました。私は主に女子を担当。3年後には、インカレのダブルスで優勝するペアを輩出し、大学の知名度も上がり、全国各地から選手がくるようになりました」

指導に手応えを得る一方で、高校で力のある選手は関東の実業団チームや大学をめざす流れに、もどかしさも感じたという。ジュニアを指導し、そのジュニアがそのまま地元で大学に進むことができれば――。その思いが2003年に札幌JBCを立ち上げるきっかけとなった。北翔大は17年間、札幌JBCは11年間指導した。

大学バドミントン部、ジュニアクラブの2チームを指導する間も、NTT北海道に勤務。札幌から函館への転勤もあり、最後の1年間は、週末に往復8時間をかけて通っていた。長距離移動で体への負担が大きく、仕事との両立が難しいことから、いったん2014年に大学の監督を辞任し、クラブも解散。その2年後に、再び札幌に異動となったことから、大学の練習に顔を出すなど指導を再開。21年に、新たに自らが代表を務めるジュニアクラブ『ブリリアンツ』を立ち上げた。

ブリリアンツのジュニア選手を指導する角谷淳一コーチ兼代表。選手も真剣な表情で 聞き入っている

ブリリアンツではチーム運営に、角谷さんの妻であるめぐみさんも参加。バドミントン経験のなかっためぐみさんは、当初はホームページの作成や更新、動画撮影や名簿管理などを担当していたが、現在ではバドミントンの魅力にどっぷりとはまり、シャトル拾いをしたり、小学生と一緒に羽根を打つこともあるという。

そして、角谷さん自身は昨年12月、定年を前にして58歳で早期退職。指導に情熱を注ぐ日々を過ごしている。

チームの構想とサポート体制

さて、実業団チームの立ち上げに話を戻すと、この大きな夢は、妻のめぐみさんなくしては実現しないと言っても過言ではない。めぐみさんは2017年に、札幌市内で不動産賃貸業を起業。空室となったマンションやアパートの部屋を借り上げ、保証人がいなかったり、求職中などで部屋を借りにくい単身者らに貸し出す、サブリースと呼ばれる事業を展開。小規模な会社としてスタートさせたが、今では1500ほどの物件を扱い、年商6億3000万円の会社に成長させた。

角谷さんと結婚後に起業。当時、角谷さんが会社員だったこともあり「思い切り挑戦できた」とめぐみさんは言う。3年前に、全日本シニアに出場した角谷さんが大会中にケガをしたのをきっかけに、体育館に通うのも難しい夫をサポートし、ジュニア指導を手伝うようになった。

「私もジュニア指導に関わるようになり、メンバーの成長を間近で見てきました。特に小学生はプレーだけでなく、人としての成長も著しく、日々考えさせられることが多かった。そんな中、家庭の事情でなかなか練習に参加できないメンバーを思い、(夫である角谷)コーチと相談して、会費の上限を1万円に設定しました。たくさん参加しても1万円。逆に、基本は都度払いなので月1回しか参加できないメンバーもOK。家庭の状況に関わらず、気軽に参加できるようにしています。コーチ自身、シングルマザー家庭で育ち、母親に負担をかけまいと努力して特待生として高校、大学に進学した経験があります。その背景を知っていたので、『頑張りたい子が、経済的な理由でバドミントンを諦めないでほしい』と強く思いました」(めぐみさん)

実業団チームの立ち上げにあたっては、めぐみさんが社長を務めるめぐみ企画が、スポンサーとしてサポートする予定だという。選手への給料や遠征などを含む運営費として、年間1000万円程度の予算を想定。所属選手には、めぐみ企画で借り上げている家具家電付きのワンルームに、家賃負担なしで入居してもらう。

「実業団の立ち上げは、もともとはコーチの夢で、当初は、私自身がスポーツに多くの資金をかけることに迷いもありました。けれど、ジュニアに関わるようになってからは、『実業団チームが子どもたちの目標になり、励みになるのではないか』と思うようになりました。選手たちにもジュニアの指導に関わってもらい、身近な存在として、その姿を見られる環境をつくりたいと考えています。どれくらい努力すれば夢に近づけるのか――選手自身の経験や言葉が、子どもたちにとって一番の教科書になるはずです」(めぐみさん)

雇用形態や条件などについては、27年の創部に向けて、今後、細かく検討していく予定だという。将来的には、自チームで体育館をもつことも視野に入れている。「いつかは体育館をもち、時間を気にせず、練習できる環境をつくりたい――。そんな夢を描きながら、日々仕事を頑張っています」(めぐみさん)

バドミントンでS/Jリーグのトップカテゴリー入りをめざすだけでなく、チームや所属選手が地域貢献し、地元を盛り上げていくことも理想として掲げる。

「福祉施設を訪れたり、児童養護施設の子どもをジュニアクラブに受け入れたりして、スポーツで地域の人たちを応援したり、支えたい。そんな循環型社会をつくりたい」(角谷代表)

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当初は2026年度春の創部をめざしていたものの、リクルーティング(選手の勧誘活動)の難しさに直面し、始動を1年遅らせ、27年度のデビューをめざす。

「春の高校選抜に向けた北海道大会に足を運んで、勧誘活動を始めています。また、春の大会では、全国の高校生に向けても、勧誘活動をしていきたい」と角谷代表。新卒だけではなく、他チームからの移籍、現役復帰をめざす選手、これまで実業団に所属していなかった選手も、募集の対象となるという。

近年は長く活躍したいと考える選手が多くなり、実業団選手の移籍も決して珍しいことではなくなった。バドミントンに関していえば、新たに実業団やクラブチームを立ち上げる流れもあり、それが選手の移籍を後押ししている側面もある。新たなチームの創出はバドミントン界を、さらにおもしろくしてくれるだろう。

北の大地で生まれた希望は、どんなふうに輝くのか。ブリリアンツの歩みに注目していきたい。

ジュニアクラブ『ブリリアンツ』                            小学生から高校生までの30名弱が所属。全道大会、全国大会をめざして日々練習に取り組んでいる。練習への参加に関しては、月の回数などは決めず、選手によって自由。角谷コーチが札幌JBCで全国大会出場者を輩出した指導を行ない、「中級者以上の小中高校生がさらに力を伸ばせるクラブ」と自負している。

ジュニアチームのメンバー

*クラブについて詳しくは公式ホームページにて
https://brilliants-badminton.com/

角谷淳一 代表
かどや・じゅんいち◎1966年11月18日生まれ、59歳。北海道札幌市出身。札幌市立北都中、札幌第一高、法政大を経てNTT北海道。中学でバドミントンを始め、3年時に全中出場。高校時代は選抜団体単複3位。大学ではインカレ複準優勝。NTT北海道で実業団選手として活躍、日本代表としてもプレーした。現役引退後、北翔大の女子監督を務め、自身が代表を務める札幌ジュニアバドミントンクラブを創部。仕事の関係で一時指導から離れるも、2021年にジュニアクラブ『ブリリアンツ』を創部。自身もシニア大会に出場するなどプレーを続けている。

取材・構成/田辺由紀子
写真/ブリリアンツ提供

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