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【世界選手権ヒストリー】日本の熱戦譜 女子ダブルスの山本&山田が23年ぶりに銅メダルを獲得!<2>

8月22日から28日まで、バドミントンの世界一を決めるビッグイベントBWF世界バドミントン選手権2022(東京体育館)が開催される。同大会が日本で開催されるのは初めて。ここでは、第1回の世界選手権から出場している日本選手の活躍を、数回に分けて紹介。また、バドミントン・マガジンは第2回大会から世界選手権を取材をしており、その特集が組まれた号の表紙を合わせて掲載する。

第1回は こちら

【第2回】

1980年後半から1990年代にかけては、日本にとって苦難の時期が続いた。当時の日本女王だった女子シングルスの北田スミ子や、女子ダブルスの陣内貴美子/森久子といった選手・ペアが善戦するものの、世界選手権の準々決勝の壁はかなり厚く、いつも最後は中国選手などに阻まれる。90年代の中盤以降になると準々決勝まで勝ち上がることも難しくなり、世界選手権に出場する日本選手は早々と姿を消していった。

そんな日本勢が久々にメダルを手にしたのは、2003年のイングランド・バーミンガム大会。その前のスペイン・セビリア大会(2001年)では、1998年のバンコクアジア大会で金メダルを獲得している米倉加奈子と、女子ダブルスの中山智香子/安城美華がベスト8に進出。日本女子が少しずつ力を取り戻し始めた頃に、躍進につながるメダルをつかみとったペアがいた。

それが、女子ダブルスの山本静香/山田靑子。2人は日本にとっての鬼門となった準々決勝でオランダペアを退け、23年ぶりの銅メダルを獲得する。さらにこの年は、女子ダブルスの中山智香子/吉冨桂子もベスト8に進出。女子シングルスの米倉も、2大会連続で世界選手権8強入りを果たしている。

日本選手が23年ぶりに表彰台へ。当時は男女ともに中国勢が強さを発揮していたが、山本/山田(左端)のメダルをきっかけに日本女子が上位に進む機会も増えていった
当時世界ランク6位の中山智香子(左)/吉冨桂子もベスト8入り。シードに入ったドローをしっかり連勝してみせた

★特別掲載
バドミントン・マガジン
世界選手権特集号・表紙アーカイブ

第10回/1997年
表紙(左):男子シングルス優勝
ピーター・ラスムセン(デンマーク)

第11回/1999年
表紙(右):女子シングルス優勝
カミラ・マーチン(デンマーク)

第12回/2001年
表紙(左):男子シングルス優勝
ヘンドラワン(インドネシア)

第13回/2003年
表紙(右):女子ダブルス銅メダル
山本静香(右)/山田靑子
(日本)

文/バドミントン・マガジン編集部

写真/BBM

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