【岡山IH2016】トッププレーヤーに聞く IHの思い出 上田拓馬&坂井一将

真夏の高校生の夢舞台、インターハイ。今年は8月8日(月)から競技がスタートしました。ここではインターハイを経験して、その後、トップレベルで活躍を遂げた選手へのインタビューを紹介します。第3回は、日本ユニシスの上田拓馬&坂井一将選手です。

インターハイの思い出

上田拓馬(埼玉栄高卒)

先生に直談判したことで、一致団結できた

インターハイは、とくに3年のときが印象に残っています。個人は負けてしまったんですが(単複ともに準優勝)、団体戦で優勝できて、とてもうれしかったです。

3年生がちょうど(登録メンバーと同じ数の)7人いたのですが、僕らの代は仲がよく、(3月の)選抜もその7人で戦って優勝しました。でもインターハイは、一つ下の学年に田児(賢一)、松丸(一輝)といった強い後輩がいて、先生たちは彼らをメンバーに入れようと話していました。そこで、「3年生だけで絶対優勝するので、行かせてください!」と自分たちで先生に直談判したんです。その責任感によって、みんなで一致団結できたというか、どのチームより強い気持ちで戦うことができたんだと思います。

インターハイは会場が暑くて、試合数もすごく多い。そのなかで最後まで戦い抜けたことは自信につながっていますし、自分の中でも価値のあるものになっています。やっぱり、高校の中では一番の目標になる大会ですから、普段の練習からでも、そこに向けて戦う気持ちが持てていました。

岡山インターハイ2016
うえだ・たくま◎1989年3月21日生まれ、東京都出身。埼玉栄中・高―早稲田大―日本ユニシス。10年インカレ単複優勝、13年全日本総合単2位、14・16年トマス杯代表、15年スディルマン杯代表など。16年ナショナルA代表。174㎝70kg

◎インターハイの成績

2年/シングルス8強、団体優勝

3年/シングルス2位、ダブルス2位、団体優勝

 

インターハイの思い出

坂井一将(金沢市立工卒)

インターハイを次へのステップにしてほしい

インターハイは3年のときのダブルスでベスト8でした。田児(賢一)、松丸(一輝)、園田(啓悟)、嘉村(健士)、武下(利一)もいたので、自分のなかでベスト4に入れればいいほうだと思っていたので、負けて「しょうがないかな」という感じもありました。ある程度、自分の力を出し切ったからというのもあると思います。

当時のインターハイは高校の体育館でもやっていて、本当に暑かったですね(苦笑)。あの暑い体育館で1日に4~5試合…いまじゃもうできないですね。間違いなく青春でした。

ただ、「インターハイはすべてじゃない」っていう気持ちもあります。インターハイで優勝して、大学も優勝して、社会人もトップに入れるかといわれたらわかりません。だから、いまの高校生には、インターハイを次への過程にしてほしいと思います。通過点であって、ゴールではないですから。

そういう気持ちがあったのと、まだまだ強くなりたいという思いがあったので、自分も(高校卒業後に)インドネシアに行く決断をしたんだと思います。
インターハイの思い出

さかい・かずまさ◎1990年2月13日生まれ、石川県出身。鳴和中―金沢市立工高―金沢学院クラブ―日本ユニシス。金沢学院クラブ時代はインドネシアに単身で武者修行に。14・15年全日本社会人優勝、15年ランキングサーキット優勝、16年トマス杯代表など。16年ナショナルA代表。179㎝70㎏

◎インターハイの成績

2年/団体8強

3年/シングルス2回戦、ダブルス8強

投稿日:2016/08/09
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