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【日本代表】激動の2016年を振り返る〜5<リオ五輪>

バドミントン界にとって「激動」の1年となった2016年。リオ五輪での金メダル獲得といううれしいニュースもあった一方で、代表選手などによる違法賭博問題など、各種メディアを賑わす出来事が多くあった。ここではそんな2016年を、日本代表選手の活躍などを中心に振り返っていく(第5回)。

日本史上初の金メダルを獲得した髙橋礼華(右)/松友美佐紀
日本史上初の金メダルを獲得した高橋礼華(右)/松友美佐紀

8月。4年に一度のオリンピックが、ブラジル・リオの地で開催された。バドミントン日本代表は、7月中旬から2週間近い国内合宿を行ない、8月1日には現地入り。リオでも充分な練習時間を積んで大会に臨むことができていた。「五輪では日本全体のパフォーマンスがよかったけど、その一つの要因は、早めに現地に入って会場の雰囲気に慣れたことです」(朴柱奉監督)。

そして、いよいよオリンピックが開幕すると、日本選手はコートで躍動した。出場した9選手中、8選手が予選リーグを突破。とくに大活躍を見せたのが、男子ダブルスの早川賢一/遠藤大由だ。世界バドミントン連盟(BWF)の公式ホームページでは「死のグループ」と紹介されたリーグ戦を、見事勝ち抜いてみせる。第1戦では中国の洪煒/柴飈(中国)に勝利し、第2戦では当時世界ランク2位で15年世界選手権優勝のセティアワン/アッサン(インドネシア)を撃破。

「最初の2試合は最高のパフォーマンスができたし、自分のなかでも新たな発見があった」と早川がいえば、遠藤も「大会前に準備をしっかりしてきたので自信もあったし、戦っていて手応えもあった」と、メダルに向けて視界は良好だった。

早川賢一(手前)/遠藤大由はギリギリの勝負を制して白星発進
リオ五輪で8強に入った早川賢一(左)/遠藤大由

 

メダルの期待が高まった男子ダブルスだったが、不運のアクシデントが2人を襲う。予選リーグ第3戦のインド戦を前に、早川がぎっくり腰を発症。リーグは突破できたが、準々決勝までに回復しきれずに悔しい敗戦。不完全燃焼でコートを去ることになる。また、予選リーグを2勝1敗で乗り切った混合ダブルスの数野健太/栗原文音も、世界ランク1位の張楠/趙蕓蕾(中国)に準々決勝で敗れてベスト8。なんとかメダルに近づいたものの、世界最強といわれた相手ペアを攻略することはできなかった。

■日本が2種目でメダルを獲得

リオ五輪

JAPANの仲間が姿を消すなか、ブレない信念を胸に戦い続けた女子ダブルスの高橋礼華/松友美佐紀、そして女子シングルスでは奥原希望、山口茜が勝ち上がった。高橋/松友は、準々決勝のマレーシア戦でファイナル勝負を競り勝って準決勝へ。奥原と山口は準々決勝で対峙すると、先輩の奥原が熱戦を制し4強入りを決めてみせた。

そして、3人の結果は高橋/松友が金メダル、そして奥原が銅メダルを獲得。奥原は準決勝で敗れはしたが、3位決定戦で相手のキケンによりメダルを確定させる。タカマツは準決勝で韓国ペア、決勝ではデンマークペアを下しての頂点到達だった。

バドミントンが五輪正式競技となった1992年バルセロナ大会以来、日本が一大会で複数のメダルを手にしたのは初。そして金メダルも、もちろん初めての快挙。

「4年前には勝てなかった相手にいい試合ができて、しかも金メダルをとれたのは夢みたいだなって思います。でも私たちは誰よりも練習してきたし、それだけの自信を持って戦ってきた。頑張ってやってきてよかった」(松友)

「ここまでたどり着いたのは、2人が“メダルを取る”というのがブレなかったから。世界を相手に勝つのは簡単ではなかったし、最初は不安もあった。そんな私たちが、まさか(優勝後の)君が代を聞けるとは思っていなかったし、オリンピックで日の丸をあげられるとは思っていませんでした」(髙橋)

決勝戦でみせた第3ゲーム16−19からの逆転金メダルも、多くの国民の記憶に残る名勝負となった。金メダルを獲得した2人は帰国後、多くのメディアからの出演オファーが殺到したという。タカマツはバドミントンの枠を超え、偉大なアスリートとして日本国中に知られた存在にもなっていく。<続く>


投稿日:2017-01-06
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